福岡城・鴻臚館って何?

鴻臚館について(国史跡)

 福岡城内三の丸東方の一画、旧平和台球場のあたりは、古代、大宰府政庁時代に、日本国家の外交・交易施設であり、迎賓館となった鴻臚館(当初は筑紫館と呼ばれた)のあったところである。7世紀から奈良・平安時代にかけ11世紀まで、唐や新羅などとの交流最前線の機関だった。平安時代には鴻臚館が平安京、難波、筑紫に置かれたが、発掘調査でその実態がはっきりとしてきたのはここだけである。北館、南館の存在が確認され、それぞれ東門があり、大宰府までほぼ直線の古代官道で結ばれ、早馬で連絡を取っていた。福岡城史跡の一部48,000㎡は鴻臚館跡としての国史跡にも指定されており、二重の指定は珍しい。

▲このページの上へ